「ただちに健康に影響が出るものではない」とは? -放射線の健康への影響-:教えて!イースマ

「ただちに健康に影響が出るものではない」とは?
-放射線の健康への影響-

 東日本大震災以後、急に身近な問題になってしまった「健康と放射線」。初めて聞く用語が飛び交い、コメンテーターの意見もいろいろで、とまどっている人も多いのでは。言葉の意味や数値の背景を知っておくと、ニュースもわかりやすくなるので、ちょっとまとめてみました。



■放射線・放射性物質・放射能はどう違う?

 放射線、放射性物質、放射能といった用語を、SF映画に出てくる怪獣にたとえると…。


・破壊光線を吐く怪獣がいます。
→ 破壊光線は「放射線」。エネルギーを持った粒子または電磁波で、α線、β線、γ線などがあります。放射線のエネルギーが、当たった物質に吸い込まれる量を、グレイ(Gy)という単位で表します。


・破壊光線は、怪獣が飲み込んでいる”力のもと”から発射されています。
→ ”力のもと”にあたるのが、β線とγ線を出すヨウ素131、セシウム137や、α線を出すプルトニウム239などの「放射性物質」。これらの不安定な原子が壊れるときに、放射線が出ます。同じ元素の原子でも、私たちの身辺に多くある安定した原子は、放射線を出しません。


・怪獣の強さは、”力のもと”の種類や量によって違います。
→ 怪獣の強さが「放射能」の強さです。ベクレル(Bq)という、1秒間に出る放射線の強さの単位で表します。


・”力のもと”には有効期限があります。
→ 放射性物質が半量に減るまでの時間を「半減期」といい、以下のものがあります。
    物理学的半減期: 放射線を出す原子が壊れ、半分に減るまでの時間
    生物学的半減期: 体内に入った放射性物質の半分が、体外に出るまでの時間


・怪獣は、人間の体表にとりついたり、体内に潜入したりします。
→ 怪獣は、放射性物質が付着した物や、溶け込んだ空気・水・食べ物などにあたります。人体への影響度は、経路(触れる/吸い込む/食べる)によっても変わってきます。


・破壊光線を受けた人間は、ダメージを受けます。
→ ダメージ=人体への影響度は、シーベルト(Sv)という単位で表します。ダメージは放射線の量だけでなく、種類によっても違います。たとえば同じ1グレイの放射線量でも、α線はβ線の20倍の影響度になります。年齢や体の部分によっても差があります。


 ニュースでよく聞く「ベクレル」は出る放射線の単位、「シーベルト」は受ける放射線の単位ということですね。シーベルトとベクレルは、お互いに換算することもできます。ただし換算に使う係数(実効線量係数)は年代によって違い、同じ放射能(ベクレル)でも、影響度(シーベルト)は、総じて年齢が低いほうが大きいことがわかります。また同じシーベルト単位でも、”甲状腺”といった特定の臓器への影響度は、全身に均等化した影響度(実効線量)と単純に比べることはできません。混乱しないようにしたいですね。



■放射線を浴びると健康にどんな影響があるの?

 放射線は細胞内部の遺伝子を傷つけ、それが原因で健康被害が起こります。


 ある程度まではとくに影響がないけれど、それを超えた放射線を浴びると発症する病気や症状(確定的影響)としては、嘔吐、造血機能の低下、脱毛、白内障、不妊などがあります。いっぺんに2.5-5グレイの放射線を浴びると死の危険もあります。
 一方、放射線を多く浴びるほど発症する確率が高くなる病気(確率的影響)としては、がんや白血病があります。発症には年代の差も影響し、たとえば同じように被ばくしても、40歳以上では甲状腺がんの発生率は増加しないようです。


 人体には受けた傷を修復したり、傷ついた細胞を死滅させたりする力も備わっています。年間100ミリシーベルトまでは、発がん率にはほぼ影響しないという報告が多く、がん以外の健康被害が増加する明らかな証拠も見つかっていないそうです1)


 ただし、100ミリシーベルト未満でも、放射線を浴びる量が多いほど、健康を損ねる確率は高まると考えたほうが、もっともらしい話だとのこと11)。事故が起きた当初は、いつ事態が落ち着くのか確実にはわかりませんし、医療で放射線を受けることもあるかもしれません。いろいろ考えると「ただちに健康に影響が出るものではないが、避けたほうが望ましい」ということになります。



■ふだんの放射線量の上限は?

 実は私たちは日頃から、宇宙や大地、水や食べ物から弱い放射線を浴びているって、知っていましたか? その量は地球上の場所によっていろいろ。日本の平均は年間1.5ミリシーベルト2)、世界各国はおおむね1-13ミリシーベルト(平均2.4ミリシーベルト)12)の範囲です。中には20シーベルト以上の地域もありますが、その地域の死亡率や発がん率がとくに高いということはないそう。また飛行機ではさえぎるものが少ないため、放射線量を浴びる量は10時間あたり約0.03ミリシーベルト12)増えます。


 医療では、人工の放射線を受けることもあります。CTスキャンは1回約7ミリシーベルト、胸部X線検査は1回0.05ミリシーベルト、胃部X線検査は0.6ミリシーベルト程度の被ばく量4)。これらは、治療上のメリットと被ばく量が増えるというデメリットを、考え併せたうえで行われています。


 平常時の放射線については、年間10ミリシーベルトまでは、健康に影響するとは考えにくいとのこと12)。ただし医療以外の人工的な放射線に限った話では、少ないほうが望ましく、年間1ミリシーベルトまでに抑えることが勧められています3)。なお放射線業務に従事する人は、年間50ミリシーベルト、5年間に100ミリシーベルト(妊娠可能な女子は3ケ月で5ミリシーベルト)を超えないよう法令で定められています5)。 



■緊急時の放射線量の上限は?

 もし原子力災害が起きてしまったら、収束までは一時的に平常時より緩やかな基準使われます。突然基準が甘くなるなんて、ちょっと不安になりますね。しかし仮にこれがふだんの基準のままだったとしたら、災害後の救援・復旧活動や、被災地での生活が、かなり制限されてしまうことに。それはそれで、健康に悪い影響を及ぼしかねません。そこで、健康被害が認められない範囲内で少しの間、放射線が多くなることを容認し、その間になるべく早く事態を収束させよう、ということです。


 緊急時の対処についてはいろいろな組織から、勧告や指針が出ています。福島県の計画的避難区域(年間20ミリシーベルト以上が対象)は、この中のICRPの値を考慮したものです8)


  • 国際放射線防護委員会(ICRP): 一般の人の事故による被ばく量として、緊急事態期⇒年間20-100ミリシーベルト以内(被ばくする状況にある緊急救助隊⇒500-1000ミリシーベルト); 事故収束後の復旧期⇒年間1-20ミリシーベルト以内3,10)
     100ミリシーベルト未満では、体の機能障害は認められていない。ただしそのレベルでも、確率としては、放射線量が多いほどがんや遺伝的な問題が起きやすくなると仮定したほうが、もっともらしい1,11)
  • 国際原子力機関(IAEA)、世界保健機関(WHO) ほか: 2日以内に10ミリシーベルト以上⇒屋内退避; 1週間以内に50ミリシーベルト以上⇒一時避難; 放射性ヨウ素により100ミリシーベルト以上(WHOでは子どもは10ミリシーベルト)⇒放射性ヨウ素の防護対策; 月間30ミリシーベルト以上⇒一時転居; 月間1シーベルト以上⇒転居。13)
  • 日本産婦人科学会、米国産婦人科学会: 胎児の放射線被ばくの安全限界として年間50ミリシーベルト9)
  • 原子力安全委員会: 10-50ミリシーベルト⇒屋内退避; 50ミリシーベルト以上⇒コンクリート建家に退避または避難。7)
  • 厚生労働省令: 放射線作業従事者の緊急作業⇒100ミリシーベルトを超えない5)(東日本大震災に起因する事態については、特例として250ミリシーベルト6))。



 現在は、健康被害が起きるような人体実験は行われません。だから今わかっていることは、過去の災害の経験、限られた実験、シミュレーションなどから推定されていること。子どもに関するデータや、福島第一原子力発電所事故のようなケースの情報も十分ではなく、専門家でも意見が分かれるのが現状です。だからこそ、今後も新しいニュースに気をつけ、ひとりひとりがよく考えていきたいですね。



■参考資料:

1) 食品安全委員会: 放射性物質に関する緊急とりまとめ
2) (独)放射線医学総合研究所: 放射線被ばく早見図
3) (独)放射線医学総合研究所: 放射線被ばくに関する基礎知識 第6報
4) 文部科学省: 放射線と安全確保
5) 厚生労働省: 電離放射線障害防止規則
6) 厚生労働省: 平成二十三年東北地方太平洋沖地震に起因して生じた事態に対応するための電離放射線障害防止規則の特例に関する省令
7) 原子力安全委員会: 原子力施設等の防災対策について
8) 原子力安全・保安院: 計画的避難区域、緊急時避難準備区域の設定
9) 日本産科婦人科学会: 水道水について心配しておられる妊娠・授乳中女性へのご案内
10) ICRP: Fukushima Nuclear Power Plant Accident
11) ICRP: The 2007 Recommendation of the International Commission of Radiation Protection, ICRP publication 103(→要約
12) 原子放射線による影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR): Answers to Frequently Asked Questions
13) WHO: Environmental health in emergencies and disasters: a practical guide




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